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聞文読報

聞こえる言葉を文字に起こし、目で聴く読み物に変えて発信します。

7月1日 小川和久(参考人 静岡県立大学 特任教授)の意見陳述(全文) 衆議院『平和安全特別委員会』

※平成27年7月1日、衆議院『平和安全特別委員会』より

ご紹介いただきました、小川でございます。お招きいただきましてありがとうございます。

私は昨年7月の閣議決定を支持する立場からお話をいたします。

まず日本の安全保障、あるいは平和主義に関する議論というものは、日本国憲法国連憲章日米安保条約を同時に合わせ読み、その整合性のもとに進められなきゃいけない。単に憲法の枝葉について議論していても、これは日本国憲法前文の精神に背反する問題であるということは申し上げざるを得ない。その視点からいいますと、昨年7月1日の閣議決定も現在行われている議論も、憲法に反する部分はございません。

なぜかといえば、日本国憲法国連憲章のいずれの条文も否定しておりません。また、日本国憲法日米安保条約のいずれの条文も否定しておりません。条約を結ぶということは、日本国憲法に反していれば、これ結べないわけであります。その中で我々は、この集団的自衛権の議論というものを整理しなきゃいけない立場でございます。

よく解釈改憲などという言い方がありますけれども、昨年7月の閣議決定というものは、その解釈改憲というような考え方からみても、ほとんど抵触しないようなレベルのものでございます。過去において憲法解釈がドラスティックに変えられたというのは、昭和29年12月、保安隊が自衛隊になる時です。これはそれまでの吉田首相の見解とは全く異なる。そういうところで解釈が変えられました。これについても国民の過半数は許容範囲内にあるという受けとめ方をして、これを認めたわけであります。そこから見れば昨年7月1日の閣議決定、この憲法解釈の変更というものはやはりそこには該当しないという考え方でございます。

そういう中で、私は2番目に申し上げたいのは、安倍政権はこれまでの日本的な議論を整理をし、日本国の安全を確立しようとしている。その点において高く評価をするって話なんです。これはですね、自民党がいい、共産党がいいって話でもないし、安倍さんがいい、安倍さんが悪いって話でもないんです。安倍さんがやっている事、その事を国家国民の立場で考えた時、必要な事を粛々と進めている。“粛々と”と言うと上から目線だっていうご指摘もありましたけれども、とにかく坦々と進めている、そういうお話でございます。

とにかく、日本的な議論は枝葉から始まって枝葉で終わる傾向がある。日本でしか通用しない議論を、日本国民に向けて言い訳のように繰り返している。そこから生じる問題について議論が行われるということはあんまりございません。

そういう中で戦後我が国は、アメリカに安全保障面でもたれかかる格好できました。これはアメリカに守ってもらっているのとは違うんですが、やはりもたれかかる格好できた、ひたすら経済的な発展を追求してきた。それはそれでいいんですけれども、アメリカとの同盟関係を前提とする場合にも、やはり国家としての安全保障に関する枠組みというものは、それなりに構築してこなければいけなかった、ところがその部分も放置してきた。だから安倍さんはやはり、これからお話いたしますように、同盟関係を結ぶ以上集団的自衛権の行使というものについては、きちんと向き合わなければいけないということで、行使を限定的ではありますが容認したわけであります。

これは私どもの立場でいいますと、本当に戦略の基本を言っているんです。古代中国の戦略の書、『孫子』というのがあります。孫子の様々な言葉の中で有名なものの一つ、<巧遅は拙速に如かず>というのがあります。つまり、どんなに時間かけて丁寧に仕上げた物でもタイミングを逸してしまったら何の価値もない。孫子はもともと戦争の教科書です。だが今はビジネスの教科書にも使えるようなものです。もっとも優先しなければいけない目標を、迅速に達成をする。当然雑な部分は残ります。しかし一番大事なのは国家国民にとって安全ですから、安全を確保するための枠組みをすばやく作る。その不完全な枠組みの中で時間をかけて、やり残した部分を丁寧に仕上げていく。これは法律制度の議論であります。だから今国会で行われている議論というのは、時間をたっぷりかけてやっている。その意味では、賛成、反対を越えて高く評価を申し上げたいと思っています。ですから、やはり世界に通用するレベルの議論にその辺を持っていっていただきたい、そう思うわけであります。

とにかく、この集団的自衛権についても日本的な議論を整理しようというのが私の立場なんだ。よくマスコミの皆さんには失礼な言い方をして嫌われてるんですが、「小川さんは集団的自衛権に賛成ですね」って、そっから来るんですね。賛成ですか、反対ですか、と来る。何のために賛成するか反対するかという前提が無いんです、どこに行っても。

国家国民の安全を図るための選択肢は、たとえば防衛力整備ひとつとっても、選択肢は現実的なものはふたつしかない。片っ方を選べば、これは集団的自衛権の行使というのは前提条件になる、片っ方を選べば、集団的自衛権なんて言葉を使わなくてすむようになる、どっちなのですかって話なんだ。だから、集団的自衛権の言葉なんか使いたくなければ同盟関係を解消すればいい。そして独自に防衛力を整備すればいい。

ただ、実務家の立場で申し上げますと、今のレベルの安全を独力で実現しようとすれば、やはり大変な負担に耐える覚悟が必要だと。これは防衛大学校の二人の教授が試算をしたものが本に出ております。これは今のレベルの安全を日米同盟抜きにやろうとした場合、年間の防衛費は大体23兆円ぐらいかかるとなってる。これにいろんな問題が加わってくるわけでありますが、それ1年で済むわけじゃないんです。10年、20年とやり続ける中で、防衛費を圧縮できるかどうかの段階に差し掛かる。その間の負担に耐える覚悟が日本国民にあるのか、ありません!

とにかくそのぐらいの負担を腹括って受け入れるような国民性であれば、昭和30年ぐらいまでにやってるんじゃないですか?日本人は頭いいから、とにかく経済的な発展を追求するために日米同盟を使おうとしてきた。そうであれば、もう一つの選択肢。日米同盟を活用するというのがいいし、これが現実的だということも申し上げたい。

日米同盟は5兆円未満の防衛費のほぼ枠内で維持されている、そしてアメリカという国が世界最高の能力を持っている国である、その国との同盟関係は、やはり世界最高レベルの安全をもたらしてくれている、費用対効果に優れているという話なんだ。そういう中で「アメリカの属国みたいだ」って、これは日本人が悪いんです。

これから申し上げますように、アメリカから見て最も対等に近い唯一の同盟国は、日本なんです。ところが日本の議論が、学界も、マスコミも、国会も含めて一般論で終始している結果、アメリカに負い目を感じるような格好になっている、これが問題なんです。であれば、とにかく属国のように見られないで、アメリカからも一目もニ目も置かれるような格好で、日本の安全を確保し、平和主義を追求していくという上でも、日米同盟っていうのはきわめていい選択肢だと思います。

ただその場合、同盟関係を選ぶというのは相互防衛が前提であります。相互防衛というのは、集団的自衛権の行使っていうのは前提条件になってることなんだ。ただ、個別的自衛権は、自分の国の安全を自分の国の軍隊で守る権利。集団的自衛権は、自分の国の安全を同盟国などの軍事力で守る権利。いずれも自分の国の安全が先なんですよ。他衛だとか他の国の戦争だとかいうことを言っていますが、自分の国の安全なくして他の国の戦争に手を貸すなんてことはあり得ない。

もう一項、日本の議論が一般論で終始しているのは、とにかく同じような姿形の軍事力を日本があたかも持っているかのような錯覚のもとに、アメリカを助けに行けないのは肩身が狭いなんて言う。しかし納税者の立場で考えてください。

とにかく、日本の軍事力というのはドイツと同じで、戦後再軍備の過程で連合国に規制をされてきている。だから自立できない構造なんです。だから国家的な戦力投射能力は逆立ちしても出てこないんですよ。外国を軍事力で席巻しようとしても出来ないんです。だから日本が同盟関係の中で、アメリカに当てにしてもらっていいよと言うことができるのは、日本列島という戦略的根拠地を提供し、日本周辺が戦争状態でない場合には自衛隊で守っているという役割分担なんだ。

日本に何箇所米軍基地がありますか?公表されてますよ。――84箇所。あと自衛隊が使っていいとされてる日米共同使用施設のBが50箇所。134箇所が日本列島に載っており、アフリカ南端の喜望峰の範囲で行動する米軍を支えている。これ、会社に例えると本社機能が置かれているんです。アメリカの他の同盟国は支店か営業所のレベルなんです。

日本の代わりを出来る国が無い、だからアメリカは一貫して、日本でナショナリズムが頭をもたげて日米同盟を解消することに対してずっと懸念をしてきている。これ外交文書が秘密扱い解除されたの見りゃ一目瞭然じゃないですか。だからその辺はアメリカから見ても最も対等に近い同盟国であるってことが、非対称的ではあるけれども明らかなんです。だからアメリカ側と話をしていても、それを否定したり反論受けたことはありません。

それは我々が税金の使い道についてきちんと見てるかどうかの話なんです。だからそれをわからずに、私は国会の質問、どこが何をされたかわかりませんが、耳で聞こえてきたのをみて、あれ?と思った。

「アメリカを攻撃している国が日本を攻撃していない、日本を攻撃しないと言っている、その時でも集団的自衛権を行使するのか?」っていう質問が聞こえてきました。これは一般論ではそういうこと言えるんです。でも税金の使い道について国会議員として責任を持っていれば、アメリカの戦略的根拠地、本社機能が置かれている日本列島を攻撃しないでアメリカを攻撃するということはないんです。だからそういう議論はやっぱり、一回整理していただく。だから時間をかけて議論をする中で整理していただきたいと思っております。

そういう中でたとえば日米同盟というのは、世界最高レベルの安全を日本に提供しているってことでいえば抑止力としてこれに優るものはない。そういう中でたとえば東シナ海についても、中国は極めて抑制的に動いているんだと。南シナ海とは戦略的に差別化しているんです。これ中国の将軍たちが私に言うぐらいです。「気を使っているんですからわかってください」と。だからこれは尖閣諸島で領海侵犯している中国の公船、白い船も、これ一隻の例外もなく固定武装なし、武装してない、スッポンポンなんですよ。だからその辺はきちっと分かった方がいい。

そういう中で抑止力というと、沖縄の海兵隊は抑止力じゃないとかいろいろと言うけれども、沖縄の海兵隊地上部隊は尖閣諸島、あるいは台湾海峡有事において、中国が行使しうる現実的なオプション、斬首戦ってのがあります、首を斬り落とす、断頭攻撃。

《Decapitation》っていうんですが、弾道ミサイルなどで台湾の政治経済軍事の中枢を叩いておいて、混乱の中で傀儡政権を樹立する。それを半日から一日でやってのける。そして、そこに国連は中国の拒否権発動もあって介入できない。国際社会が介入できない中で台湾国内で内戦状態が生まれ、既成事実化していく。

それに対する唯一の抑止力は、沖縄海兵隊なんです。1000人の地上部隊しか一時に投入できませんけれども、これは早い場合には2時間で中国軍とぶつかります。これは、この1000人とぶつかることはアメリカ合衆国との全面戦争を意味するから、中国はためらわざるを得ない。ためらわせるから抑止力なんですよ。だからこれは、今の議論をきちっと進めていく中で、日本の抑止力っていうのは格段に向上すると申し上げていいと思います。

そういう中で歯止めの問題が常に気にされますが、法律として歯止めをかけるというのは国家として当然あっていいんです。ただ、そういう中で私はもうちょっと大枠の話をします。

これは歯止めといえるのは国連憲章であり、集団的自衛権であり、自衛隊の戦力投射能力なき軍事力である、これ全部歯止めなんです。国連憲章は、とにかく国連憲章の精神と齟齬を来すような行動を米軍がとる時には、やはりそれを抑制させるというような機能があります。それを使う国があるかどうかという話なんだ。

集団的自衛権もそうです。たとえばドイツは西ドイツの時代、再軍備する時に集団的自衛権が行使されている中でしか個別的自衛権の行使をしてはならないと封じられた。一貫してその状態。つまりある国が単独で個別的自衛権を行使する歯止めになっているんです。これはアメリカも例外ではありません。

湾岸危機の時、アメリカのベーカー国務長官は同盟国などを説得して周った。同盟国全部NOですよ、値切るんです。とにかく半値ぐらいまで値切って、協力をする。だからアメリカは単独行動に近い格好で軍事力行使したかったけれども、それの半分以下の軍事力行使しかできていないっていえるぐらいでありました、この歯止め。

それから先ほど来申し上げましたように、海を渡って外国を軍事力で席巻することのできない構造の自衛隊、これも歯止めであります。だから後方支援ということがいろいろ議論になりますけれども、できる事できない事があって、できない事の方が圧倒的に多いんです、軍事組織としては。それを歯止めのひとつであるってことをご認識いただきたい。

最後に申し上げておきたいのは、日本でしか通用しない議論から生まれてくる法律や制度で、自衛隊海上保安庁、警察の手足を縛らないでほしい。彼らが向き合わなきゃいけない相手はフリーハンドなんだ。

だからグレーゾーン事態で、海上保安庁と警察の特殊部隊、全部かき集めて投入しても、10人から20人の向こうの特殊部隊に向き合った場合、1時間ぐらいで全員死にます。その辺をちゃんとわかった上で、議論を進めていただきたい。

ありがとうございました。

意見陳述:小川和久(参考人 静岡県立大学特任教授)