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聞文読報

聞こえる言葉を文字に起こし、目で聴く読み物に変えて発信します。

【青山繁晴】週刊文春の虚偽報道に対する宣戦布告!メディアのアリバイ工作と選挙妨害[桜H28/6/29](全文)

テレビ

※平成28年6月29日、チャンネル桜青山繁晴が答えて、答えて、答える!』より

皆さん、こんにちは。青山繁晴です。『青山繁晴が答えて、答えて、答える!』、今回もどうぞよろしくお願いします。

さて、今回はマイクも僕の声を拾うのが大変じゃないかと思いますが、見掛けも見苦しいし、まあ、いろいろ許してください。

今日は西暦で申せば、2016年、平成28年、わたしたちの大切なオリジナルカレンダー、皇紀で申せば2676年の6月29日です。

6月22日に参議院選挙が公示になりまして、今日で10日目ですね。いや8日目ですね、まだね。思わず願望が出たというか、始まるまでは選挙戦ってきっとあっという間だろうと思ったんですけれども、ハプニングも様々あり、正直、とっても長いという印象です。それでも、僕がまさかの出馬してることを全国ではご存じない方がまだほとんどだと思うんで、本当は北海道から沖縄まで行かなきゃいけないんですけど、まだ関西、てか京阪神と東京、それから千葉の一部しか行ってません。はい。まあ、後半はなるべく広く周りたいと思いつつも、なかなか難しいみたいですが。

さて、この選挙の公示期間中に、選挙のお話を申し上げることについて、視聴者の中に、むしろ良心的に心配してくださる方もいらっしゃると思いますけど、これはまったく違法ではありません。ここにいらっしゃるプロデューサーの井上さんにも確認してますし、それからこういう、公選法に詳しいところなどにもじゅうぶん確認してあります。これはネットテレビですから、放送法の縛りを受ける普通のテレビと違って、問題は、実はないんですね。それだけネットテレビっていうのは、これからの時代にふさわしい自由なメディアということがあらためてわかると思います。

僕の喉は、今いちばん、今日がいちばん底っていう感じがしますね。それから、首にコルセットをしてるんで、さっき申しましたとおり、聞き苦しいし、見苦しいと思いますけど、いわば続けることも、倦まず弛まず負けないで続けることも、この番組だと思いますから、かつて福島原子力災害が起きたばっかりの時に、自分でもこんな顔で出ていいのかなと思うぐらい疲れた顔で出た事ありましたけど、まあ、その時を思い出すぐらい異様な画面だと思いますけど、まあ、これも長い歩みのなかのひとコマだと思ってください。

実際、選挙を1週間ちょっと、初めて当事者として体験してみて、ある種、天国と地獄を自分の手で触り、目で見てるっていう感じがしてます。天国の方で言うと、僕はなぜこれまで結構な数、出馬要請があったのにただちに断ってきたかというと、日本の選挙を見ていると、嫌らしく感じてきたからです。

僕は共同通信の政治部の記者でしたから、選挙も、正確に言うと選挙取材も、非常に大切な仕事のうちでありましたけれど、しかし職務とはまた別に、自分を売り込むその姿、それから「お願いします」という、「自分に投票してください」と。まあ、当然のように見えて、本当は少し話が違うんじゃないか。有権者の方々に対してひたすらお願いするんではなくて、「日本国民は本当はこういうことができますね。だからこういうことを一緒に考え、一緒にやりませんか」と提案するのが本来、選挙なのに、とにかく一票を入れてくれればいいというのは、むしろ政治記者として選挙を、まあ、今回と違って当事者じゃないから、あくまで横から見てたんですけど、有権者が使い捨てのように見えました。その極めつけが当選した時の万歳三唱であり、祝当選の花束であり、祝電であり、いったい何がめでたいのか。これからものすごい重いもの、つまり皆さんの票という重いものを背負うのに、こんなに万歳、身内でやるっていうことは、実はそもそも目的が違うんだな、というふうに感じていました。

ですから、僕自身がその当事者になるってことは、ほんとに、これっぽっちもありえなかったんですけれども、今回は自分でも思い描けず、公示の直前に踏み切りました。なぜ踏み切ったかの話は、いま街頭演説で繰り返ししてますけれども、この視聴者は、街頭演説のyoutubeその他をご覧になってる方、ネットで、ニコニコも含めて見てる方、多いと思いますから、ちょっとだぶっちゃうんで、まあ、一応話したほうがいいと思うけど、後回しにします。

 いま僕は、2日ほど前から、この集まってくださった方々に、これがまた、予想を越えてたくさん集まってくださるんです。その中にはたくさん、この番組の視聴者が間違いなくいらっしゃると思います。集まってくださった方々にいま申し上げてるのは、「選挙って意外にいいヤツじゃん」と。ちょっと変な言い方で僕の実感を申してます。

というのは、この番組でもずいぶん一緒にいろんなテーマを、皆さんの質問をいただいて考えてきましたね。僕にとっては、この番組であっても、地上波であっても、すべて同じであって、もちろんラジオであっても同じであって、講演であっても同じであって、皆さんと一緒に考える、「僕の考えを信じてください」って言うのではなくて、「僕の考えをひとつのきっかけとして、あなたが自分の心の眼を信じて考えてください」ってことを言ってきました。それなりに、僕なりに努力も、実は多少はしたつもりだったんですけど、この選挙で、目の前の皆さんと直接語りあってる時のあの雰囲気っていうのは、やっぱ他にまったくないものがあって、ほんとに、一緒に、たとえば拉致被害者の生還であったり、日本経済をどうやって強くするかであったり、憲法の問題であったり、そういうことを直に考えてるっていうのは得がたい体験で、こういう素晴らしい体験できるっていうのは、実はまったく思ってなかったので、僕の側ではなくて、これはもちろんお世辞で言ってるんではなくて、来てくださった皆さんに、皆さんの目の輝き、心の眼の澄み具合、澄んでる感じ、それに本当に感謝を申し上げます。

その上でさっき、天国と地獄という、ちょっと大げさな言葉を言ったと思うんですけれど、まあ、地獄は皆さん想像されてるとおりの、中傷誹謗、嫌がらせ。もっとはっきり言えば、選挙妨害ですね。ネットで様々に出るっていうのは、これまでも、選挙に出る出ないを関係なく、たくさんの信じがたい、開いた口がふさがらないってのはこのことだっていう、妄想も含めて、とんでもない書き込みがたくさんあって、実は警察に相談したこともありますし、それから訴訟を提起しようとしたこともありました。全部、忙しさに取り紛れて、そのままもう、うっちゃっておいたってのが、正直な今までの経過だったわけですね。

今回、選挙が始まって、すくなくとも昨日の夜までは、ネットの嫌がらせってのはさほどでもないんですよ。ていうかもう、ネットで書いてある嫌がらせって今までどおりのことだから、誰も何にも感じないってのが現実だと思うんですね。

ところが、これも実は僕は予期してたんですけれども、週刊誌っていう、まあ、昔から実は問題のある媒体が現れまして、これは『週刊文春』です、今のところは。で、今日が29日ですから、一昨日の6月27日、(収録スタッフに対して)きょう水曜日ですね?じゃあ、間違いないですね。一昨日の27日月曜日のお昼に、東京の丸の内のオフィス街で、まあ、道路を皆さんと一緒に、もちろん他の人に邪魔にならないようにみんなで気をつけながら歩いていて、それがだいたい終わりかけたところに、突如、何の申し入れも、アポイントメントもなく、『週刊文春』の女性記者と男性記者が来られました。割と若手、新人ではもちろんないと思うけども、かなり若いほうだと思います。

僕は実はまったく無警戒でした。さっき言いましたとおり、中傷誹謗は予想してて、週刊誌もやがて襲ってくるだろうと思っていたんですけれども、この『週刊文春』に対しては、実は無防備でした。

というのは、ご存知のとおり、僕の小説第一作、文芸春秋の当時の、今も尊敬してる編集者に認めていただいて、まったく無名だった僕の『平成』という純文学の作品を純文学誌に載せてくれ、さらには単行本にしてくれたのが文芸春秋でした。そして、どちらかといえば学生時代から文芸春秋の本が好きで、いわゆる本誌っていわれる『月刊文芸春秋』も、学生であんまり読む人いないっすけど、時々買って目を通したりしてたんですね。

その後、いま『週刊文春』が、実際に悪いことをした人を叩きのめすと同時に、たとえば現在の都知事選への絡みでいうと、これ、あの、いま僕は自由民主党公認で出てますけど、そのことと関係なく、公平に見たまま言いますと、たとえば『週刊文春』、文芸春秋と僕はそうやってつながりがあるから、家に送ってきてるんですね。たぶん会社にも送ってきてる。一旦、じゃないや2、3回、「僕は週刊誌読まないので」と言ってお断りしたんですけど、なんか連絡悪いのかずっと、週刊誌の中で『週漢文春』だけがこう、来るんですね。

週刊誌読まないんすけど、来ますからパラパラ見ますよね。この選挙始まって、やがて週刊誌が襲ってくるだろうと思ったから、最新号。今日6月…、だから明日出る号に僕を中傷する記事が出るそうですが、そのいっこ前見たら、都知事選に名前が挙がってる人の身体検査って特集になってて、たとえばそこに小池百合子さんの、小池百合子衆院議員のことが出てて、「カイロ大学を出たっていうのは嘘じゃないか」って書いてあって、そして記事さっと見ていくと、「このカイロ大学の卒業証書を示して自ら完全否定したものの」って書いてあって、要は小池さんを中傷誹謗してるわけですよね。カイロ大学をお出になったことが卒業証書で確認されてるんだったら、本来これは書いてはいけません。つまり人は記事の最後まで読むとはかぎらないし、事実無根であることを書いていいっていうのは、これはまったくモラルに反する。それからたとえば長島昭久さん。こんどは自民党じゃなくて民進党の方について、たしか「学生時代にヤクザ者だった」かな? こんな、すいません、あんまりこだわって言うことないんだけど、要はゼミかなんかで、こう、みんなが危ない目にあった時に、そん時にいなくなって、事が終わってから戻ってきたという話が、都知事選の出馬の絡みで書いてあって、そしてご本人は「私は手をあげてないので関係ない」と言ってるのにそれが書いてあって、しかも長島さんは人柄の良い人だから、「あの事は人生の悔いです」みたいなこともお書きになってて、これじゅうぶん中傷してるんですよね。学生時代の長島さんと、現在、もちろん長島さんはなかなか党を出ないとかいろいろ批判してるけど、それがあるから学生時代の事を書いてるんじゃなくて、そういうなんとなくの評判を結びつけて、こう、全体に人格を貶めてるわけですね。これはひどいなと思って、思わず自分が選挙に出てることを忘れて、こんなのに出されてしまって政治家って気の毒だなと、実はほんとに、ちらっとこないだ思ったんですよね。

週刊文春』がその、たくさん特ダネを書いて、まあ、実は最近目立ってるけど、そのずっと前から『疑惑の銃弾』というロス事件の端緒からはじまって、ずっとそういう路線だと思うんですよね。最近、特に舛添さんの問題なども含めて、まあ、文春はすごく売れてて、『週刊文春』が。『月刊文芸春秋』などはかなり落ちてて、それを週刊誌が支えてるんで、余計「やれ、やれ」って話になってることはもちろん、僕は出版界ともちろん知り合いがいますから、聞いてはいたんです。でも話を元に戻すと、どっかに「最低限のモラルはあるだろう」という信頼があって、その丸の内の、こう遊説のあとにふたり現れた時に、本当にオープンに、てかまあ、これからも誰に対してもオープンに取材受けますけど、取材を受けはじめて、そん時に、有権者の方が僕とこう、話そうと近づいてこられるのを、もう話せない状態で、こう、ずっと文春のふたりがお聞きになったのは、選挙とまったく関係がない、たとえば「なぜ出馬したんですか」もなければ、「政策はどんなことやるんですか」とか、「あなたは長年出なかったはずじゃないか」とか、そういう選挙関連のことはゼロで、ぜんぶ20年近く前の、共同通信の記者としてペルー事件を取材してた時の話ばっかりなんですよね。

要は、『週刊文春』にいわせれば、「お金を使い込んで、そのために首になったんだ」と、「そうだろう」ということを言うわけですよね。共同通信を辞めた経緯については、何度も本にそのまま書いてます。したがって新しく言うことも特にないんですけれども、念のため、実際にあったことを少し申しますと、ちょっと言い方が僭越になるのを承知で現実のことを言うと、あのペルー事件の時にものすごい数の記者が詰め掛けました。共同通信もそうです。

ホテル・デルオリバールっていうリマにあったホテル、今もあるのかどうかわかりませんが、リマの、やっぱ有名なホテルだったんでしょうね、ありまして、そこに政府の、日本政府の現地対策本部を置いて、そしてそのホテルは屋上がジムになってたんですね。このジムを借り切って、すなわち記者が一切接触できない状態で、この現地対策本部が設営されて、記者の情報というのは、定例記者会見で外務省がおっしゃることをそのまま聞くだけなんですね。

僕はそういう取材に甘んじることは、すいません、こっから僭越な物言いになりますけど、決してしなかった記者ですから、まず、共同通信の要請としては、「外信部も社会部も歯が立たない。だから政治部のあなたひとり残ってください」と。ほんとは池田行彦外務大臣と同行して、池田さんは帰っちゃったんで、僕は政治部で帰るはずが、そういう、政治部じゃなくて共同通信の要請があって留まって、つまり、たとえば天皇報道で元号を抜けと言われた時と同じように、いわば特別な任務を会社から授かった立場でもありましたから、なんとか現地対策本部の外務官僚を中心に接触を図らなきゃいけない。そん時に、実はひとつふたつの工夫ではありませんでした。

たとえばスペイン語を、現地でなんとか、にわか仕立てで勉強して、ペルーの国家警察軍の側から切り込んでいって、そしてその国家警察軍が何をしてるのかを、ほとんどほんとは掴めなかったけど、でも接触して、こういう情報があるから、情報交換として会ってくれということを、これは僕のずっと続けてきた手法です。取材では答えてくれない。情報交換なら会ってくれる。こっちが情報をぶつけて、向こうがそれを違うよって言ったり、あるいはその情報をもっと知りたいと言ったりして、実は少しずつ真実が見えてくるという手法です、長年。実は今、今も情報の仕事をしてますから、基本的にはそう変わっていない。

そのためには、とりあえず情報の中身を少し書いて、それも相手が関心持つように書いて、それからそれを届けなきゃいけないんですよね。その時に、ほとんど唯一の手段は、食事を持って入るわけです、ホテルのスタッフの方々が。というのは、記者と接触禁じられてるから、対策本部の人たちは食事もその中でとるんですよね。唯一食事を持っていき、それを下げ、あるいはコーヒーを持っていったりする時のボーイさんだけが連絡役でしたから、彼らは日本語を読めませんし、紙にそれを書いて、そして当然チップを要求されます。それは実はボーイさんによって様々な額を要求されましたが、それも一日一回とかそんなものではほとんど効き目がない。何度も何度も、日によっては10回を越えるぐらい入れて、その都度、交渉しつつチップを渡し、そしてたとえばリマにあったサッカー場の、たとえば出口の番号を指定して、真夜中の時間を書いておけば、実はその情報の質にもよるんですけど、何回かに一回かは真夜中に来てくれて、実はいまどういう交渉をしてるのかがわかってくるという取材を、たとえばしてました。

これって当たり前ですけど領収書が一切存在しない。最終的に事件が終わった時に「共同通信としてはこれは清算できない」と、「問題である」と。「最低限、誰と会ってたのかってことを言わないと清算できない」って話も、実は当時の僕にはもたらされました。僕はそれは絶対イエスとは言えなかったです。言わなかったです。今もそうです。爪はがされてもそうです。

そもそもその当時の政府高官たちと会う時に、たとえば夜中会ってる時に、「青山さんは本当は社内では言ってるでしょう、私のこと」とか、あるいは「事件終わったら言うでしょう」と。「事件終わっても私は外務省でまだいなきゃいけないんです。だから話せません」と何人の方にも言われたので、いや僕は生涯、爪を剥がされても言いませんということを言って、そして今までの取材の積み重ねで、僕が約束を守るということを知ってる方も何人かいらっしゃいましたから、そこで成立してた。自分の立場が追い詰められたからといって僕は約束を破ったりしませんから、情報源を明かさない、その代わり、実は手帳にですね、暗号で、今日誰と会う、あるいは会ったって記録があったんで、共同通信の会社側と話し合ってそこを塗りつぶした上でその資料を出す。そして僕は情報源を明らかにしてくれと言われたことに失望もしましたし、記者という仕事に長年滓のように溜まるものもあったから、天職と思いつつも、ちょうどもう20年が迫ってくる頃でもあったから、ここが潮時と思って辞めることになり、共同通信と円満な話し合いが成立をして、そして僕に、当然これ依願退社ですから、懲戒免職じゃなくて。依願退社で支払われた退職金の中から、その清算できなかった分を補って、円満に退社して三菱総研に転じたわけです。

それを実は、三菱総研に移ったことも含めて、嫉妬で、よく知らないのに様々に言う人が、非常に少ないんですけど、いるってことも実は知っておりました。いま時間オーバーしても大丈夫って出たんで、ちょっとこの話けりつくまでちゃんと話しますね。

そういう嫉妬がらみの変なこと言う人がいるってのは誰かということも実はわかっていました。というのは三菱総研に移った後、当時の自宅に電話かかってきて、自宅の電話知ってる人って限られてますよね? なおかつ酔っ払ってかけてくるから、「おい青山!」とか言ってる声が、本人忘れるんだろうけど聞こえちゃうから、青山千春博士と、ちょっとかわいそうだよねと、まあ、荒立てるのはやめとこうと。いつかは気も静まるだろうということにしてたわけですよね。そういう話が、こうずっと、こう、残されてるというのは知ってましたが、『週刊文春』に言わせるとそれが全部正しくて、そして付け加えた無茶苦茶な話がいろいろあって。

その清算できなかったのは乗馬クラブに行ってたからだという話もあって、これ乗馬クラブは実際に行ってたんですけれども、話が逆さまで、実はアルベルト・アルベルト・フジモリ大統領を支えるのは、あの人は日系でしたけど、日系人の社会じゃなくて、ペルーを支配してるところの白人社会なんです、元スペイン人の。これは南米の深い闇の構造なんですけど。そしてたとえば一生懸命ペルー側にも接触しているあいだに、貴族社会は競馬場の貴賓室で会ってて、そこで事件の話もしてると、もうそこくらいしかあなたは黄色人種だし、接触する機会はないと言われて、貴賓室になんとか近づこうとしたら全然だめで、そして調べたら同じ競馬場に早朝やってる乗馬クラブがあって、そこにはひょっとしたら入れるかもしれない。そこが突破口で、コーチをなさってる、これ元貴族の女性なんですけど、紹介してもらって貴賓室に入れるんじゃないかと言われて、まったく馬に乗ったことがないまま、突然訪ねていって、そして下手くそなスペイン語で一生懸命交渉したところ、最初、ロバに乗せられて、ロバで狭いところぐるぐる周って、そしてすいません、これも僭越な言い方ですが、スポーツ割と、ちっちゃいころだめだったんですけど、大人になってから得意になったもんだから、あっという間に馴染んで、先生がそれ評価して馬に乗っけてくれて、障害物もあっという間に、ちょっとしか練習してないのに跳んで、そしてコーチはたいへん喜んで、貴賓室に紹介してくれて、今でも覚えてますけど、貴賓室の中に入ると冷たくあしらわれると思ったら、もう話が通ってて、みんな頭がハゲてましたけど、その貴族の人が、けっこうもちろん難しいスペイン語もあって苦労しましたけれども、実はフジモリはこう考えてるよみたいなことを話してくれたんですね。

そういうことを加味して、朝夕刊、朝夕刊、ずっと特ダネを出していった。ところが『週刊文春』の記者にいわせると、それは誰もおっかけられなかったんで、あれはでたらめな話だったんだと言うわけです。そりゃ誰もおっかけられないんですよ、こんな努力みんなしてないですもん。みなさんいろいろな工夫なさったと思いますが、だから僭越な物の言い方になっちゃうんですけど、基本的には会見の情報で日々仕事をされてました。それは普段の記者クラブとまったく同じ構造ですよね。普段の仕事どおりの、その延長線があった、もう少し工夫があったとしても、とてもじゃないけどあんな食い込み方は絶対できない。そして昼夜逆転の時差ですから、僕はまったく寝ない生活を半年、ごめんなさい、5か月ぐらい続けたというのが実際で、僕なりに身を削って本当に努力をいたしました。

ところがこれも週刊文春によれば「実は最後は武力突入になって青山の原稿は武力突入を予言しなかったから加盟社から抗議が殺到したんだ」と、まるで見てきたかのようなことを言うんですが、僕は日本政府の交渉ぶりをずっと報道してたんで、最後の最後、強行突入、フジモリさんは、この白人社会でもほとんど知られない、当たり前ですよ。強行突入だから極秘の作戦進めるから、だから僕のいた共同通信も、他の社も、武力突入は突然の出来事だったわけで。

そのことを、もっかい言いますが、選挙とまったく関係ないのに延々と並べて、そしてもっとすごいことを言い始めたのは、この共同通信の記者の時代に、会社のハイヤー家族旅行してたって言うんですよね。これはもう、またそれでも無警戒で答えてたから、もう笑ってしまったんですよね。皆さんご存知のとおり、僕は昔から車が好きですし、だいたい家族と旅行するとき、千春と男の子ふたりと旅行するときは、自分で車を運転するか、もちろん公共交通機関ですから、会社のハイヤーで家族乗せて旅行するって、どうやって車両部に言うんですか? もう考えられない話を言って、しかも、これオオサワっていう若い記者だったと思いますが、いきなり「だからこれは舛添と同じなんだよ」って言うんですよ。

僕は一緒あまりに馬鹿馬鹿しくて聞き流したんです。だいたい舛添さんは政治資金だし、これはあくまでも、これ自体事実じゃないけど、あくまで私企業の話ですから、それを一緒くたにするってのは、あ、これが狙いなんだと。

要するに、舛添さんで起きたブームみたいな話を、この種の話を無理やりくっつけて、そして、その選挙で注目が集まるから、これ売れるということでやると、『落ちた偶像』とかなんとか、どんな見出しつけてるのか知りませんけど、そういうのをもう、ブンヤっていうか、週刊誌と一緒にしてほしくないけど、記者出身ですから目に見えちゃうわけですよ。

でも、僕はそこであまりつっかからずに、そのオオサワっていう若い記者に、「舛添と一緒とはどういうことですか」と一言いって、そしたら怯んで何も言わなかったんですよ。そのままほとんど取材終わって、そうして僕はそれでもまだ無警戒で、一応けりはついたと思って選挙カーに戻っていって、その後、この声を枯らしながら皆さんと一緒に考えることをやってたら、やがてそのオオサワって記者から今度はFAXが入って、そのFAXには、たとえばかつての関テレのアンカーで防衛省の守屋さん、当時まだ防衛庁なんですけど、防衛政策課長の時に、ノーパンしゃぶしゃぶに行ってる大蔵官僚と一緒に飲んでるって話を、僕は大蔵省の内部から聞いてたから、ご注意申し上げた。でも聞いてくれてると思ってたのにその後、残念ながらゴルフの汚職になってしまった。でも国家観を持ってる、そういう意味では優れた官僚だったって話をアンカーでしてるんですけど、これを守屋さんがそんなことは記憶にないって言ってると。

つまり記者から始まって、アンカーも貶め、そしてなんて言ったかというと、「福島第一原発に入ったのも、吉田昌郎所長の許可を得ずに勝手に映像を撮り、そして勝手に映像を流した」と、そういうことを言うわけですね。これはFAXで事前に送ってきて、電話取材になって、電話の時にFAXに書いてないことを、福島のことなど書いてないことは聞くわけです。

僕はこれもたいへんびっくりしまして、これは映像に残ってます。吉田さんに許可を得る映像もあり、それから、福島第一原発から出て、無料で関西テレビをはじめ各テレビ局にお渡しした時に、特にアンカーではしっかり言ってますけど、吉田さんにこれ公開しますと言って、「どうぞどうぞ、みんなに見てもらってください」と言われて、そしてタクシーで駅に向かう時に、携帯に、さっき交換したばっかりの携帯番号の吉田さんから掛かってきて、僕は出る時に覚悟して、本社と連絡取ったら、やっぱり公開しちゃいけないって話なんだろうなと思って電話に出たら、吉田さんが「青山さん、これからもがんばりましょうな」と言われて、これきっと東電の本社からいろいろ言われたのに、自分は約束変えないよということを、この言葉でおっしゃってるんだと理解しました。その理解に間違いはありません。だから許可は生きてるまま、そしてテレビ局によっては、独占映像にしてくれたら多額のお金を払うと言ってこられた所が複数ありました、海外も含めて。

しかし吉田昌郎所長と国民との約束において、お金儲けで入ったんじゃないから、そしてジャーナリストでもなく、専門家の端くれとして入りましたから、全部無償で提供したんです。そのことをこの『週刊文春』のオオサワって記者の電話でも言いましたが、そういう反論すると、あ、そうですかで終わるんですよ。そのあとまた言うのがですね、今度もまたそういうことを言ったのは、「三菱総研にそもそも行ったのは海部総理のツテなんでしょう」と。海部総理のツテって、これも記者時代に、僕は現職の総理大臣に食い込んで、公邸の中の海部さんから直接情報を取って特ダネ取ったりしてましたが、それが、はっきり言うと汚れた人から見れば癒着に見えるんですよ。誰が癒着しますか。それを海部総理と癒着してたから、そんな三菱総研なんか簡単に行けるわけないから総理に紹介してもらったんだろうと言うみたいな、要するに志の低い、もう嫉妬があふれてるような話をそのまんま、ジャーナリスト精神のかけらもなく言ってくるから、僕がそれを否定すると、またすっとそこは話を避ける。

こういうのたぶん全部、5ページにわたってるそうですから、まだ今日29日ですから見てないんですけど、明日発売されるとてんこ盛りに書いてあると思うんですよね。

極めつけは今回の出馬に関して、いわばこれやっと選挙の話なんですけど、安倍総理から電話で出馬要請があったっていうのは嘘だろうと、総理から電話なかったと言ってる人がいるって、これ僕は、あんまりにもあきれてこの記者に、言うのも忘れたんすけど、それって総理に確認し、そして実は、あれは6月6日月曜日の午後1時か2時の間ですから、ちょうど実はこの場所で、サンケイビジネスアイって方々の取材を受けてる途中に電話が入って、ここを出て、総理とこの、ここの建物の入り口の所で話したので、よく覚えてるというか記録に残ってるわけですけれども、その総理が、官邸から電話なさってる時に、世耕弘成官房副長官も一緒にいらしたそうです。これは後で、だいぶ後から聞いたんですけど、だからそこに直接確認するのが最初でしょう? あんな電話なかったんだよって言ってる人がいるって言って、いきなりそれを記事にするために当てますか? だから僕に聞いてんのは全部アリバイ作りですよね? 本人に当てて本人は否定してる、さっきの小池百合子さんと同じで、本人は卒業証書を示してカイロ大学出たと言ってる、ほんとに卒業証書があんのに、呼んだ人によっては、この人は学歴詐称があんのかと悪印象を持つ。明らかにそういう手法なんですよ。

だから、僕は昼は淡々と応じましたけど、この夜の電話では、この出ない声でものすごーく怒りまして、あなたはいったい、君は、おまえはとも言いました。もう怒って。相手がグニャグニャグニャグニャ交わして交わしてまともな反応をしないから、何のために記者になったんだと。こんなことをするために記者になったのか。そして選挙に出る奴はみんなやっつけていいんだ、特に自民党公認なんて悪い奴と言っても大丈夫だから、世間が認めてくれるから、自民党公認で選挙に出る奴なんて、こうやって足引っ張るのがいいんだと、ね。それで儲かるとも思ってるんだろうと。しかしそういう選挙をいつまでも続けたら、いったいいついい選挙になって、いったいいつその選挙からいい政治家が出てくるのか、それを自ら壊してるってことがわからないのかおまえはと言って、明らかに僕よりずっと後輩ですから激しく叱責したらですね、きっと記事の中に青山が興奮して怒ったとか、やましいことがあるから怒ったとか、きっと書くんだろうなと思ったけど、正直僕はもうそんなことどうでもよくなって、ほんとに電話の向こうの、昼間、目を見て「舛添と同じじゃないか!」と言って「何だそれは」と言ったら目をそらしたその男の人間性を、これ本気で言ってんですよ、ほんとに心配して、この男は一体どこへ行くのか、文芸春秋ってこの後移動するんですよ? 『月刊文芸春秋』とか、あるいは『文学界』とか、『Number』とか。そこにはまた仮面付け替えて、違う仮面をつけてやるんですか。これ文芸春秋全体が終わっていくような話じゃないですか。菊池寛以来ずっと支え続けてきた文芸春秋が。

だから、僕も馬鹿ですけど、自分のことよりも相手のこと気になってものすごい怒ったんですよ。そしたら最後は、こうなんていうか、なんと言いますかねえ、ちょっとせせら笑うような感じですーっと電話を終えて、ああ、こうやって記事を作るんだろうなあと。さっき言ったとおり記事はまだ見てないですけど、しかしどういう記事が出ようとも、事実にまったく反してる上に、そしてこれは、実は選挙も嫌われ、政治も嫌われてるけど、国民が一番深刻に嫌ってるのは、実は普通のマスメディア。その中でも週刊誌は実はいちばん信頼を失ってるのに、それが今60何万部も売れるっていうのは、どれほど日本人の心を歪めてるんですか。

それを考えれば、選挙中でどんなに忙しくても決心をして、弁護士事務所と連絡を取って、すでに法的手段、もう開始してます。まずは内容証明付きの抗議書、それはまだ記事出てないから中身はわかんないんだけど、取材自体が、取材の中身自体があまりにも志が低すぎて人の名誉を傷つけるものだという抗議書を、弁護士から正式に出しました。この後告訴します。刑事告発、民事訴訟、両方とも提起します。刑事もできればしっかり捜査機関に受け止めていただきたいと思いますし、これはものすごく長い、苦しい戦いになると思います。相手の方が、僕が仮に国会に出ても、相手の方がはるかに強いです。なんでもやり放題ですから、表現の自由の名の下、自ら表現の自由を狭めていることも気づかず、なんでもできちゃうから、そして週刊誌だからという逃げ道で、共同通信の記者の時にたとえば僕であれほかの記者であれ、みんなが裏取りにあれほど苦労したことなどせずに、だってわかりますでしょ? これ取材受けたのは27日、2日前ですよ? それでどうしてもう30日に週刊誌に出るんですか? 僕の反論したことなんてほとんど裏取りをせずに、これはこう言ってると、もっかい言いますが、小池さんが卒業証書を用意したと同じで、こう言ってると書いとけばそれで安全弁はあるんだ、あとは噂で書いていいんだと。

こういうことを許していったら、メディア自体がもう自殺と同じですから、様々に考えて、相手がすごく強くて、僕が議員になってもこれ、ずっとやられると思いますけれども、やられるってのは何か悪い事をしたり、そういうことじゃなくて、もうとにかく、ないことをとにかく全部やるわけですから、安倍総理の電話もなかったことにするわけですから、まあムチャラクチャラですよね。こんなことをほんとに許していいのかって。

だから僕の地獄じゃなくって、日本社会の地獄を垣間見たような気がします。それでもなお、街頭演説で会う方々の目の輝きを思えば、やっぱり、こうやって自分の人生を明らかにいま壊してますけれども、悔いはないです。犠牲とは言いませんけれども、礎になって、僕のケースを参考にして、みなさん自分の心の眼を信じて、事実、真実を見つめていただきたいと思います。

すいません、今日の一本目はまことに異例な、時間もオーバーして、質問をご紹介もせず、異例のかたちですが、でもネットテレビの、この自由な力を活かして、あえて選挙のど真ん中、そして名誉を毀損されてるど真ん中のところから、その週刊誌をまだ見る前に、取材自体に大きな問題があるってことを、この機会に問題提起をさせていただきました。

皆さん、どれぐらい時間オーバーしたのかわかんないですけども、皆さんありがとうございました。

発言者:青山繁晴(独立総合研究所社長、近畿大学客員教授