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聞文読報

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9月8日 大森政輔(参考人 元内閣法制局長官・弁護士)の意見陳述(全文) 参議院『平和安全特別委員会』

国会

※平成27年9月8日、参議院『平和安全特別委員会』より

大森でございます。

わたくしは、先般、行われました閣議決定の問題点を指摘することを通じて、その閣議決定が映しこまれた法案についての意見とさしていただきたいと思います。しかも、時間の関係もございますので、今回は、集団的自衛権の行使は憲法9条の下で許容されるのかという問題と、他国の武力の行使との一体化に関する見解の、閣議決定による見解の変更は相当であるのかという2点に絞って意見を述べたいと思います。

まず、集団的自衛権の行使は憲法9条の下で許容されるのかという問題につき、申し上げたいと思いますが、日本国憲法が制定されまして、今日までの変遷を少したどってみたいと思いますが、昭和20年代の全般、この時は、自衛権がそもそもあるのか、ないのかという議論で終始いたしました。ところが昭和25年、朝鮮動乱が起こりまして、日本の治安を事実上、担保しておりましたアメリカ軍が、朝鮮半島に出兵いたしまして、日本国内は、治安の真空状態が生じたと。そこで警察予備隊が組織され、それが保安隊に組織改変されまして、昭和29年7月の1日、自衛隊が創設されました。そこで当時、当時の内閣は、それまでの憲法9条の解釈を整理いたしまして、次のような内容にまとめたわけでございます。これは当時の法制局の説明によりますと、決して、憲法解釈の内容を変えたんではないんだと、いろいろ行われてきた解釈を整理したんだということになっております。

これをどう評価するか、これはまた別の機会の問題でございまして、この昭和29年7月の1日、自衛隊の創設に際して整理された旧憲法9条の概要を申し上げますと、第一点は、憲法9条1項は国際紛争を解決する手段としての戦争、武力による威嚇、又は武力の行使を禁じているが、独立国家に固有の自衛権までも否定する趣旨のものとは解されないと。第二点は、同条2項は戦力の保持を禁止しているが、自衛隊の行使を、自衛権の行使を裏づける、自衛のための最小限度の実力を保持することまでも禁止する趣旨ではなく、この限度を超える実力を保持することを禁ずるものであると。そして第三点といたしまして、自衛隊は我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つための不可欠の機関であって、右の限度内の実力機関であるから違憲ではないと、この三点に整理して、それ以来、憲法学の研究者の中には、自衛隊自体の違憲性に関する議論も交わされてはいましたけれども、政府におきましては、上記、整理された見解を今日まで堅持し、その保有は認容できるが、その行使、集団的自衛権の行使については、政府を含めて否定すべきものである、政府を含めて否定すべきものであることがその都度、確認され、今日まで一貫して堅持されてきたわけでございます。それを承知をした言辞が、たとえばこの事項は集団的自衛権の行使にあたるから、憲法9条に抵触し認められないのではないかと。

このように、あたかも集団的自衛権の行使が、憲法9条に違反する典型行為であるが、あることを前提とするようなかたちで議論がなされてきたわけでございます。したがいまして、本件閣議決定による集団的自衛権の行使認容は、超えることはできない憲法則ともいうべき基本原則からの重大な逸脱であると言わなければなりません。

次に、この先般の閣議決定におきましては、論理的整合性、論理的帰結、基本的な論理の枠内、合理的な当てはめの結果などという、それを個々に考えてみますと、意味不分明な概念を設定し、集団的自衛権の行使認容を、その合理的な当てはめの結果として、憲法9条が認める自衛のための措置にあたるものだと主張してるわけでございます。これはたぶん、個別的自衛権集団的自衛権を同質のものとして、同次元の存在における必要性の区分に留まるとして、憲法9条の下で集団的自衛権の行使を容認する伏線にしてるんではなかろうかと、推測するものでございます。

しかしながら、個別的自衛権集団的自衛権は決して同質のものではなく、本質的な差異があるんだということを申し上げたいと思います。個別的自衛権の行使、すなわち、外国の武力攻撃によって我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が損なわれる場合には、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために、他に適当な手段がない時に必要最小限度で武力の行使を行うということは、独立主権国家ならば、固有かつ先天的に有する自己保全のための自然的権能に基づくものであると解されまして、憲法9条の下でも、当然に許されるものであると考えるわけでございます。

他方、集団的自衛権の行使、すなわち、我が国が武力攻撃を受けなくとも、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生をした、発生した場合において、それを阻止するため、当該他国の要請を受けて、武力攻撃を行う第三国に対して、我が国が武力行使を行うことができうるとされる国際上の権利につきましては、武力攻撃を受けた他国との密接な関係と申しますのは、同盟条約などを根拠とするものでございまして、上記のような個別的自衛権とは異なり、その権利の根拠、あるいはその内容というものは、他国との間の同盟、その他の関係の密接性により、後天的に発生し付与される内容をもつものでございます。

このように、集団的自衛権の行使につきましては、それが密接な関係にある当該他国の要請を受けて行われることが示すとおり、直接的には当該他国を防衛することを目的とするものであり、『他国防衛権』、あるいは『他衛権』という用語を使った方が、その本質を端的に表すと考えるわけでございますが、この『他国防衛権』の行使が、間接的には自国の平和と安全の確保に寄与することがありうるとしても、自国に対する武力攻撃を排除することを直接の目的とする個別的自衛権の行使とは本質的に異なるものでございます。

このように両者は別次元の事象である。本件閣議決定にいうような基本的論理の枠内における合理的な当てはめの結果として、単に同次元における必要性の程度に応じて、拒否の区分の線引きを移動させることはでき、また移動させようとしたに留まるものでございません。

したがって、我が国を取り巻く国際環境、国際安全保障環境の変化を考慮しましても、憲法9条の下で、いずれの場合も我が国による武力の行使を許容できると判断することは、これは内閣の『独断』でございまして、肯定できるものではございません。

以上のとおり、集団的自衛権の行使は、今後とも憲法9条の下で許容できる余地はないのに、本件閣議決定において、憲法解釈の変更と称して、これを憲法9条の下で許容できるとして、それを前提として各種の施策を講じようとすることは閣議が、内閣が閣議決定で成し得る範疇を超えた措置であると。したがって、その権能を超えたものとして無効と解すべきだと思います。したがって、これを前提として、自衛隊法の改正、その他、所要の措置を講ずることは到底、認められないと考える次第でございます。

そのほか、今回の、先般の閣議決定の内容には、多々、問題点がございますが、時間の関係もありますので、そのうちの数点を申し上げたいと思います。

まず、集団的自衛権行使限定要件の不明確性と言うものがあるわけですが、これは話せば長い話になりますので、また別の機会にいたしまして、この〔新3要件〕の第一条件の後段、「明白な危険」という用語を使われております。これについて、若干、わたくしの意見を申し上げたいですが、自公間の与党協議において、「根底から覆されるおそれ」という用語を入れようとしたことが新聞報道では言われております。しかし、「根底から覆されるおそれ」では判断の客観性を確保できないとして、「明白な危険」とすることによって、与党協議が落着したようでございます。

しかしながら、単なる「危険」に「明白」という用語を付加しても、本来、危険の概念には、国語辞典等を紐解きますと「危害、又は損失の生じるおそれがあること」と。「おそれがあること」という意味であるというふうに書かれております。この「おそれ」という不確定概念が本質的に含まれていると。

したがって、「明白」なる用語を被せましても、発生の不確実性を除去することは、用語の本質的意義から不可能であり、規定の運用者如何によっては、その主観的判断の結果が、大きな差が生ずるということを否定できないんではなかろうかと、一言、申し上げたいと思います。

次に、集団的自衛権の行使と、その先制攻撃性という問題が、次に存在するわけですが、これはまた別の機会に申し上げることにいたしまして、次に、先般、わたしなどはマスコミを通じてでございますが、法的安定性という問題について、その議論が戦わされたことがございます。これもぜひ、申し上げたいんですが、これものちほどにいたしまして、その次が最高裁、〔砂川判決〕と集団的自衛権行使の関係でございます。これはぜひ、わたくしは申し上げたい。そして理解をいただきたいと思う次第でございます。すなわち、最高裁は〔砂川判決〕中で、集団的自衛権行使を合憲と認めているかという問題でございます。この裁判の実務に関係する法曹、放送局の放送じゃなくて専門家という意味でございますが、法曹の間では、最高裁〔砂川判決〕が集団的自衛権の合憲性の有無まで射程範囲にしてるものではないということにつきましては、何ら異議はございません。砂川事件で問題となりましたのは、旧日米安保条約に基づく米軍駐留の合憲性、これが問題になりまして、同条約は、日本の個別的自衛権と、アメリカの集団的自衛権との組み合わせで日本を防衛しようとするもので、同判決において、我が国が集団的自衛権を行使できるか否かという点はまったく争点となっていないのでございます。ところが、この判決理由中の数行から、数行を引き出しまして、それに独自の考え方を入れて、「最高裁集団的自衛権の行使を認めてる」という説がかなり広まり、それがかなりの力をもって、当面の論争を左右しようとしていると、この点は非常に問題でございます。

この最高裁判決の先例としての価値、つまり当該先例から引き出される一般法理が何かというのは、あくまで、いかなる具体的争点に対してなされた判決かということに即して決まるものでございます。〔砂川判決〕から集団的自衛権の行使は合憲であるとの結論が導かれるとの主張は、こうした法律学の基本の理解に関係するものでございまして、到底、そういうことができるものではございません。この判決に集団的自衛権の行使を許容する最高裁の意図を読み込むことは、まったくの暴論でございます。この暴論というのは、この傍らの論じゃございませんで、バイオレンスの「暴」でございます。なぜ、このようにわたしが、足りない、少ない時間を費やしたかと申しますと、この最高裁集団的自衛権行使を合憲と判断してるんだという事実じゃないことを、言葉を信じて、本件閣議決定を支持している者が相当数に上ると推測されます。しかし、このように国民を誤って導くに至ったことは非常に遺憾でございまして、本来は、内閣法制局はそれを是正しなかったというところに発端があるわけでございまして、わたしは内閣法制局にずいぶん長い間いたわけでございますけども、これは内閣法制局も任務の懈怠であると言わなければなりません。ぜひ後輩、現役の人たちは、これを耳に入れ、頭に叩き込んで、もう一度、考えてもらいたいものであると思います。

次に、この閣議決定と、閣議決定をめぐる議論を聞いておりますと、文言の、文言、すなわち表示と、表示者の意思というものが齟齬してると言わざるを得ないと。

佐藤正久(筆頭理事/自由民主党

大森参考人、時間が過ぎておりますので、ご発言をおまとめください。よろしくお願いします。

(※持ち時間の15分から、すでに6分弱超過

これも、そういうことで…。

最後に、ここだけはぜひ、お願いしたいと思いますが、国際紛争への積極的関与の端緒になるおそれがあるんだということでございます。また、我が国が集団的自衛権の行使として、武力行使をしている第三国に武力攻撃の矛先を向けますと、その第三国は反撃の正当な理由の有無にかかわらず、事実上、我が国に対し、攻撃の矛先を向けてくることは必需でございまして、集団的自衛権の抑止力以上に紛争に巻き込まれる危険を覚悟しなければならず、バラ色の局面到来は到底、期待できないことを自覚しなければならないのではなかろうかと。

したがいまして、集団的自衛権の行使は、このような事態の発生可能性を伴うものでございますから、それを国策として採用することが、我が国の平和と安定のため、確保のために必要であるとすれば、憲法上、明文をもって用意されている憲法改正手続きにのせ、全国民的検討をうることが求められると言わざるを得ません。

本来はもう少し申し上げたい点があるんですが、最後にひと言、申し上げたいと思います。それは冒頭に申し上げました他国の武力の行使との一体化の問題でございます。この問題、これは、大体どういう考え方であるかというのはすでに、この当委員会で充分に議論されたと思いますが、今回の閣議決定、この一体化に関する閣議決定の問題点は二点ございます。その一点は、この戦闘現場と非戦闘現場を一線で画することの非現実性という問題と、それから支援活動内容の拡大が、武力の行使との一体化の縮小をきたす見解になっているという点でございます。それぞれの、ぜひ申し上げたいことが二点あるわけでございますが、また、ご関心のある方が質問をしていただきますれば、その際に充分の考えるところを申し述べたいと思います。

ずいぶん時間が超過いたしまして、どうも失礼しました。

佐藤正久(筆頭理事/自由民主党

ありがとうございました。

(※持ち時間の15分から、最終的に8分弱超過

発言者:大森政輔(元内閣法制局長官、弁護士)、佐藤正久自由民主党

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